保護者対応は学校法務の中でも最も難しい領域

保護者対応は、学校法務の中でも最も難しい領域の一つです。いじめ、学校事故などの個々の領域についても、結局は被害・加害の児童・生徒等の保護者にどのように対応するのかという問題に帰着することが多いです。難しい反面、学校法務の知見が蓄積されている領域でもありますので、まずは基本的な考え方を理解しておくことが重要です。

保護者対応における「解決」には塩対応と平行線もある

保護者の「納得」を得ることの重要性と限界

学校教育が対人関係に重きを置いた事業である以上、その受益者である児童、生徒等はもちろん、実際の対応の相手方である保護者にも学校の方針を理解をしてもらい、納得を得ることが、学校教育の円滑かつ効果的な運営のために不可欠です。また、在学契約に付随する義務に力点を置くか、行政の市民に対する説明責任に力点を置くかなど、その根拠付は様々あるところですが、一般的・抽象的には学校やその教職員には、保護者に対して方針を説明するべき義務があるともいえるでしょう。旧来の保護者対応の議論では、こうした観点から、学校は保護者の言い分を「傾聴」して「寄り添い」そして「話し合い」をして「納得」を得るようにとの指導がされてきました。

もちろん、保護者の納得を得ることは重要ですが、究極のところ納得するのかどうかは相手方である保護者次第というところがあります。保護者があくまでも学校の方針とは異なる方針を主張して要求するのであれば、保護者を納得させることは不可能であり、学校が方針を変えるか方針不一致のまま学校教育を進めるほかはないのです。時には「時間をかけて徹底的に話し合えば納得してもらえる」という論が語られることがありますが、そうした結果としての「納得」は、単に長時間の話し合いに疲れて保護者が諦めただけという可能性もあります。学校や教職員の有する資源も無限定ではありません。

訴訟を避けきることは不可能

保護者は、学校との話し合いに見切りをつけ、裁判所に判断を求めて訴訟を提起することがあります。学校が話し合いによる解決を希望したとしても、保護者は、そもそも訴訟を提起するかどうか、訴訟を提起するとしてどの時期にどのような内容で行うのかを、原則として自由に選択して判断することができるのです。もちろん訴訟を提起した結果、保護者の請求が認められるかどうかは別問題ですし、単なる教育問題であり法律上の争訟には当たらない場合などは訴えが却下されることになりますが、いずれにしても訴訟を提起された以上、学校としても訴訟に応じて対応するための負担が発生します。

訴訟の提起により発生する様々なコストを考慮すると、学校が保護者から訴訟を提起されることを回避しようとすることは当然のことであり十分に理解できるところです。しかし、訴訟を提起するかどうかは保護者が判断することです。学校の対応に客観的に見れば全く問題がない状況であっても、保護者が訴訟を提起することはあり得ます。こうした法制度の中で、訴訟の回避を至上命題にして保護者対応を行うとすると、究極には保護者の要求を全て学校が受け入れるしかなくなりますが、これは他の児童・生徒等、保護者との関係での問題の発生、学校の資源の浪費、行政の適法性、中立性等を脅かすこととなり避けるべきことです。

保護者からの訴訟を避けきることは不可能であること、訴訟において裁判所が判断を下せば学校も保護者も従わざるを得ないことを考えると、学校は保護者との紛争がある程度の段階に達した場合には、訴訟の提起を覚悟すべきであり、むしろ訴訟を提起してくれたほうが望ましい対応しやすいこともあるということを認識すべきでしょう。もちろん、学校(の設置者)から保護者に対して訴訟を提起するということも可能ですが、公立学校の場合には議会の議決が必要であること、私立学校の場合にも学校の評判に対する影響を考えると、少なくとも現在のところ学校からの訴訟提起はあまり現実的な手段としては用いられていません。

塩対応と平行線という「解決」

保護者からの訴訟提起について説明しましたが、実際には、ほとんどの保護者は訴訟提起をすることはありません。保護者自身が「弁護士への相談」や「訴訟提起の検討」を示唆していても同様です。多くの保護者は、引き続き訴訟外の交渉として教職員に対し、学校に対する「説明」や要求に対する「回答」を求め続けることになります。学校が保護者の納得を得ることを志向していること、学校には一般的抽象的には説明責任が存在することからすれば、学校は少なくとも一度は保護者に対して説明を行い保護者の納得を得るように努めるべきであり、これを怠り最初から保護者の要求を拒絶することは困難であり相当でもなく違法となる場合もあるでしょう。

学校が保護者に説明をして納得を得るべきことと、保護者の主張を受け入れて学校が方針を変えることは、同義ではなく両者の間には大きな隔たりがあります。学校が保護者に説明をして納得を得ようとしたが、結果的に保護者はその説明を受け入れず納得せず平行線となることも十分にあり得るからです。学校と保護者の主張が平行線となった場合、学校としてはそのまま学校の方針に従い教育活動を継続すれば良く、何らかの手段に出るか否かの選択はひとまず保護者にあることになります。不本意ながらも何もせず結果的に学校の方針に従うか、究極には裁判所に訴訟を提起して判断を求めるかという判断をしなければなりません。

先述のとおり、多くの保護者は訴訟提起をすることはありませんが、仮に訴訟提起をされたとしても学校教育の多くの場面では学校教育法その他の法令により学校の裁量の範囲は広く、学校の方針が違法であるとされたり損害賠償を命じられたりすることは稀でしょう。ただし、いじめ対応や学校事故など、法令、マニュアル等により学校の取るべき方針がある程度定められている場合には、これに従っていなければ違法とされることがある点には注意が必要です。訴訟提起によらず、保護者からの要求が続く場合には、学校は既に十分に説明をしている事項は「従前のとおり」と述べるにとどめたり、回答する必要のない事項は「回答の必要なし」と述べるなど、ある種の塩対応をすることが効果的な場合もあります。

学校や教職員は、どうしても保護者の要求に応えてあげたいと思ったり、児童・生徒等のためにできる限りのことをしてあげたいと思ったりしがちですが、学校の資源は有限であり学校にできることとできないことがあります。学校が保護者との関係を完全に断ち切ることは困難であり不相当である場合が多いのですが、特定の要求に関しては、塩対応を行い平行線を維持することで、保護者が渋々ながら諦めたり、児童・生徒等の卒業により関係が終了したりといった形での「解決」を行うことが最善となる場合も多いのです。